「着物の保管場所に防虫剤や樟脳は入れておく必要がありますか?」といったようなご質問をいただくことがあります。
中には、着物の畳紙の中に大量の防虫剤を入れておられる方もいるようですが、果たして実際のところは、着物の保管時に虫食いを防ぐ防虫剤は必要なのでしょうか?
着物に虫食いの心配はあるのか?
結論から先にお話してしまうと、絹の着物や衣類に関しては、虫食いの被害に遭う確率はかなり低いです。
なので、絹の着物の保管では、防虫剤を入れなくてもそれほど心配はない、ということになります。
ただし、あくまで確率が低いだけで、全く被害がないということではありません。
私は着物のお手入れに携わって四半世紀以上となりますが、年間で数百枚以上のお着物のお手入れに携わっている中で、年に一枚か二枚くらいのごく僅かな確率とはなりますが、どう考えても虫に食われたとしか思えない、着物の生地に開いた小さな穴を見つけることがあります。
文化財の保管に関する分厚い学術書を読んでも、その種類は少ないですが、絹織物を食害する虫がいると書かれています。いわゆる、カツオブシムシ系の虫たちです。
(絹の着物の虫食いの穴)
虫は、絹が一番の好物ではなく、毛織物が好物
このカツオブシムシ系の虫たちは、絹を好んで食べるというよりは、雑食性なので、「絹も」食べる虫ということになります。
そして、それほど好んで食べるわけではない絹を食べる条件として、シミの部分が食べられていることがよくあります。
絹以外で最も好んで食べる、つまりは虫食いの被害に最も遭う確率が高い繊維は、毛織物(ウール・カシミヤ・モヘアなど)です。
ウールの着物の保管には、絶対に防虫剤が必要
絹の着物の保管に関しては、防虫剤を入れなくてもそれほど心配はないとお話しましたが、ウールを織って作られた着物の保管に関しては、必ず防虫剤をいれるようにしてください。
私も西陣ウールという生地で誂えた着物を一枚持っておりますが、他の絹・綿・麻の着物と一緒に保管していたところ、そのウールの着物だけが、見事に虫食いの大きな穴が開いていました。
洋服でもそうですが、毛織物の衣類はかなりの高確率で虫食いの被害に遭いますので、着物であれ洋服であれ、保管には防虫剤が欠かせないということを覚えておいていただきたいと思います。
着物の保管には、防虫剤よりも除湿剤・乾燥剤が優先順位が高い
着物を保管する際には、虫食いよりももっとトラブルが起こる危険度が高いことがあります。それは、保管中の湿気による「カビ」のトラブルです。
カビは、風通しが悪く湿気がこもる場所に発生しますので、タンスなどに仕舞いっぱなしになっている着物は、カビが生えやすい状態になっています。
それを防ぐには、最低でも年に一回は着物を収納している場所から出して陰干しをするのが一番なのですが、なかなか出来ない人が多いので、それならば被害に遭う確率が低い虫食いを防ぐための防虫剤よりも、高確率で発生するカビを防ぐための除湿剤や乾燥剤を入れることの方が、大切な着物を守るには優先度が高いと言えます。
タンスに入れる除湿剤は、水の貯まらないタイプを
タンスや着物の収納場所に入れる除湿剤は、タンクに水が貯まるタイプの物は絶対に避けるようにしてください。
水が貯まるタイプの除湿剤を着物と一緒に入れておくと、何かの拍子に倒れて、中の水が漏れ出して着物が濡れる可能性があります。
タンクに水が貯まるタイプの除湿剤の中には、塩化カルシウムという化学物質が入っており、その塩化カルシウムと空気中の水分が反応して成分が溶けて塩化カルシウム水溶液となってタンクに貯まるようになっています。
この塩化カルシウム水溶液は、言ってみれば濃い塩水のようなもので、この水溶液がこぼれて着物を濡らした場合、水分が乾いても塩化カルシウムの成分が残留するので、着物を脱色や変色させてしまうことがあります。
(帯に染み込んだ、溜まった除湿剤のシミ)
そのような事故を防ぐためにも、着物の収納場所に使う除湿剤は、水が貯まるタイプではなく、スティック状やシート状の水が貯まらないタイプを選ぶようにしてください。
シート状の除湿剤は、交換時期を過ぎてもそのままにしておくと、中のゲル状の吸湿剤が漏れ出して着物に付いてしまうこともあるので、定期的にタンスの中を確認して適度に交換することが必要です。
種類はそれほど多くないようですが、着物の保管の際に敷くタイプの乾燥剤も販売されています。
定期的に日に干して乾かす必要がありますが、乾かせばくり返し使えるようですし、除湿剤と違って水分が溜まる心配もないので、着物用の乾燥剤を使うのも良いかと思います。
世の中の着物に携わるプロの人の中には、「絹の着物は絶対に虫食いの被害はない」と断言する人もいるようですが、それは大きな間違いで、確率としてはめったにないことではあるけれど、全くないわけではありません。
ですので、着物が保管中に虫食いの被害に遭わないために、念の為に防虫剤を入れておいても良いと思います。
防虫剤は、必ず一種類だけを入れる
その場合は、防虫剤の説明書に書かれている容量用法を守って、必ず一種類だけ入れるようにしてください。
複数の種類の防虫剤を一緒に入れると、それぞれの防虫剤の揮発した成分同士が化学反応を起こし、着物を変色などさせてしまう事故が起こる可能性があります。
また、入れる防虫剤は、メーカーが着物用を謳っていて匂いの無いものが適していると思います。
防虫目的で匂い袋を入れるのはオススメしません
虫食いの被害を防ぐ防虫目的で匂い袋や防虫香をタンスや着物の畳紙(たとうし)の中に入れている方が時々いらっしゃいますが、専門家としてはこれはオススメいたしません。
匂い袋はその名の通り匂いが出るのですが、この匂いの元である香料から揮発した成分が、何らかの化学反応を起こし、着物や帯などを変色させてしまう事故が非常に多いです。
(防虫香で変色した紅型染めの帯)
ですので、防虫目的であれば、匂い袋や防虫香ではなく、無臭の着物に適した防虫剤を適量入れるようにしてください。
着物の虫食いの心配をされていてこの記事にたどり着いていただいた方は、ぜひこのお話を参考にしていただければと思います。