クリーニングと染み抜き以外の着物の修復技法について

染色補正師 栗田裕史

 

着物クリーニングは、綺麗にすることが仕事ですので、シミなどで着られなくなったお着物は、基本的にクリーニングと染み抜きで直します。

大体のお品物は、それでまたご着用出来る状態になり、お客様に喜んでいただいております。

ですが、どんなに腕の良い職人であっても魔法使いではありませんので、やはりクリーニングと染み抜きだけでは、どうしても直せない物もあります。

例えば、シミが濃すぎて、極限まで染み抜きを行っても、生地の強度との兼ね合いでシミが残ってしまう場合。

例えば、すでにシミ部分の生地が経年による劣化により弱っていて、クリーニングと染み抜き作業自体が難しい場合。

例えば、綺麗な青色の着物に変色したシミが多数あって、染み抜きと色修正をしても、元の綺麗な青色に戻すことが困難な場合。

そんな風にクリーニングと染み抜きではどうしても綺麗に直せないシミというものの問題に、時々直面します。

そんな時、元々は着物を誂える(製作する)際の技法を応用して、クリーニングと染み抜きでは直せない物をまた着られる状態にする技法が、あまり知られていない物も含めて数々あります。

着物クリーニングと染み抜きの専門店である当店が、そんなちょっとマニアックな着物の修復技法をご紹介していきたいと思います。

染め替えという技法について

着物は、作る時に全体を染料で染めているのですが(糸を染めてから生地を織っている先染めの物は除きます)、その全体染めの技法は、古い着物の色を違う色に変えたり、色褪せてしまった着物を染め直して蘇らせたり、クリーニングと染み抜きで落とせないシミを現在の地色より濃い色で染めることによって隠したり、様々な加工目的に応じて使われます。

染め替えの方法は、大きく分けて三つあります。(実際はもっと細かく染めの方法は分かれているのですが、それを全て書くと膨大な文章になってしまうため、今回は主な分類にとどめています。)

引き染めという技法

引き染めは、名が表すように、染料を含んだ刷毛を生地の上に引いて染めます。

柄部分にまで染める必要がある場合は、防染糊または特殊な蝋(ろう)で柄を伏せて染めます。

 

引染め

 

染めた後は高温の蒸気で蒸して染料を発色・定着させて、水洗いして余分な染料を流して仕上げます。

ぼかし染めなどの複雑な染めは、全てこの引き染めで染められています。

染め直し・染め替えにおいては、シミを隠す力はちょっと弱いので、今の色を濃くしたり褪せた色を修正する場合に行われることが多いです。

しごき染めという技法

しごき染めは、染料を混ぜた糊を生地の上にヘラで端から端まで塗って、それを高温の蒸気で蒸して染料を発色・定着させる染めの技法です。蒸した後は、生地を水に浸けて糊を柔らかくしてから洗い落として仕上げます。

染め直し・染め替えの工程においては、柄に染料が入るのを防ぐために、防染糊もしくは特殊なフィルムで柄部分を伏せて染めます。

このしごき染めは、生地の表面を染める技法なのですが、シミを隠す力が引き染めよりも強いようです。

ですので、シミが濃すぎて染み抜きが難しい場合やあまりにもシミの数が多くて染み抜きが困難な場合などは、シミを隠す目的でしごき染めで地色を濃く染める方法を良く用います。

そして、黒留袖などの黒い着物が紫外線などで褪色して赤茶色などになってしまっている場合は、このしごき染めでないと元の黒には戻せません。

引き染での黒への染め直しでは、元の黒の色ムラなどが隠しきれないことがあるので、色褪せた黒を再び真っ黒に染め直すには、このしごき染めの技法が欠かせません。

浸染め(つけぞめ・しんせん)という技法

この染めの読み方、修業に入った時から皆が「つけぞめ」と読んでいたので、つけぞめが正式名称かと思っていたのですが、実はそうでもないようで、ネットで見ると、「しんせん」とか「ひたしそめ」とか色々で、どれが正解かは分からないというのが正直なところです。また、「たきぞめ(炊き染め?)」という呼び方も結構耳にします。

この浸染は、生地をドボンと熱い染料液に浸けてグツグツ煮込んで染めます。

 

浸け染め

ウインス染め

吊り染め

ピンがけ染め

 

柄がなく全体を一色で均一に染める色無地は、この方法で染められることが多いです。

色無地は、その名の通り「無地」つまりは柄がない(織りの地紋は別)ので、色を抜いて違う色に染め替えることが容易という特徴があります。

色無地をお持ちでたくさんシミがあったりした場合は、染み抜きよりも染め替える方が綺麗になる場合が多いです。

色無地を今の年齢に合わせて色を変えたいとか、譲り受けた色無地を自分好みの色に変えたいというご要望での染め替えのご依頼も結構あります。

染め替えに伴う漂白・色抜きという加工方法

漂白は、生地のシミや黄ばみを抜くために、色抜きは、生地の元の染め色を抜いて違う色や元の色に染め直すための加工です。

この漂白や色抜きは地の色を染め替えるための加工ですので、柄がある着物は、柄の色が抜けないように「柄伏せ」という加工で、漂白や色抜きの液が柄にかからないように前もってロウや糊などで伏せておきます。染めだけの場合も、同様に柄を伏せます。

色無地(柄のない着物)であれば、柄伏せはせずに色抜きを行って、好きな色目に染め変えることが出来ます。

ただ、漂白も色抜きも生地に多少の負担はかかりますので、生地が劣化している場合はリスクが大きいので、出来ない場合もあります。

「金彩加工」という技法について

金彩加工は、着物の柄を見るとよくされている加工なんですが、金や銀の粉や箔を生地の上に乗せる加工です。

この金彩加工、元の金彩加工が黒ずんだり剥がれたりしているのを戻すことはもちろん、シミなどを隠すために新たに増やしたりもします。

ただ、元々金彩加工のない着物に新たに金彩加工を施すと、柄のバランスが崩れて残念な着物になってしまう可能性もあるので、基本的には元から金彩加工が施してある着物への加工となります。

お振袖やお子様用の祝い着は元から金彩加工を施してあることが多く、またお祝いごとで着ることが多い着物なので、元に比べてきらびやかになってもあまり違和感が出ないので、これらの着物には金彩加工を加えることはよくあります。

また、帯の金糸・銀糸の箔の剥がれや黒ずみを隠すために用いることもあります。ただ、金糸・銀糸と金彩加工は違う物なので、色合いは近い物に出来ても、ツヤなどで違いが分かってしまうこともありますので、安易にはオススメしないようにしています。

金彩加工用エアブラシ

「柄足し」という技法について

着物の柄を描く技法で最も多いものに、友禅という技法があります。

細かいことは書ききれないのですが、ざっくり言うと、染料で生地の上に柄の絵を描く技法です。

そんな染料で描いた柄と見分けがつかないぐらいそっくりに顔料で新たに柄を足してしまう技法、それが柄足しです。

柄足しを用いる場合には、様々なパターンがあります。

例えば、抜けないシミを隠すために。穴のあいた生地をかけつぎ(生地の穴や破れを塞ぐ技法)した上に描いて跡を消すために。寸法を伸ばしたら柄が途中で切れてしまっているので、柄を延長して違和感なく繋げるために・・・

 

柄足し 修正前

 

 

これ、実はどこかのお店でシミを隠すために柄を足したようなんですが、あまりにも下手くそな柄足しで、色とか全然合ってないし、違和感がありまくりだったんですね。

そこで、当店で信頼出来る柄足し屋さんに修正をお願いいたしました。

 

柄足し 修正後

 

 

どうでしょう?周囲の柄と全く違和感が無いと思いませんか?

着物を蘇らせるための技法は他にもあるんですが、主なものは以上のような感じになります。

このように、腕の良い職人さんによる技法は、クリーニングと染み抜きで直せない物も蘇らせてしまう可能性があるということを憶えておいていただき、クリーニングと染み抜きでは直らないと言われてしまった場合でも、他の方法で直せる可能性をご提案させていただくことも可能ですので、ぜひご検討いただければと思います。