「お手入れをした後はどのように保管しておけばよいのか?」「着ていない着物があるが、そのまま収納しておいて良いのか?」など、着物の収納方法についてのご質問をいただくことがよくあります。
着物は古から受け継がれてきた伝統的な衣装ですので、その保管や収納の方法についても、長い歴史の中で培われてきたマニュアルとも言えるような先人の知恵があります。
そんな先人たちの知恵を参考に、着物の保管や収納の方法についての決定版・完全マニュアルを、着物お手入れの専門家がご紹介します。
保管・収納時の鉄則:着物は湿気を嫌い風を好む
着物のお手入れ講座などのご依頼をいただいて講演する時に、必ずしているお話があるのですが、着物や帯はもちろんのこと、その他の小物類なども含めて全ての物に言えることなのですが、布地で出来た物は全て、湿気を嫌い風を好むということです。
これはどういうことかと言うと、着物などをしまいっぱなしにして陰干しなどをせずにしておくと、収納している場所に風が通らずに湿気が溜まって抜けていかないので、やがてカビが生えて変色・脱色・黄ばみなどのトラブルになるからです。
このようなトラブルを防ぐために一番効果的なのは、やはり先人たちの知恵である、陰干し・虫干しという着物類を外気に触れさせて乾燥させるお手入れ方法です。
着物を陰干し・虫干しする季節はいつが良い?
着物などを陰干しするのに最適な気候ですが、目的が湿気を飛ばしてカビを防ぐことなので、当たり前ですが、湿気の少ない時季が適しています。
ですので、やはり梅雨前後の時季は避けるべきですし、夏も地域によっては(京都など)湿気が高いので、初夏・秋・冬あたりが着物の陰干しに向いているかと思います。
年に数回も干すのは困難という場合に、年に一回陰干しをするならいつの季節が良いか?と問われたら、空気が乾燥している冬が良いと答えます(ただし、雪が積もって湿気が多くなる豪雪地帯などはその限りではありません)
着物を陰干し・虫干しする天気や時間帯は?
陰干しをする場合、晴れた日に行ってください。大切な着物を湿気から守るためにも、これは鉄則です。
また、前日に大雨が降った日なども、空気中に湿気が多く含まれているので、出来れば陰干しをする日の前後も雨が降らない日を選ぶのが良いかと思います。
干す時間帯についてですが、午前中の日が昇ってから午後の日が落ちるまでの間に干すのが良いかと思います。
着物を陰干し・虫干しする具体的な方法は?
着物を陰干しする具体的な方法ですが、着物を干すためには、このような着物用のハンガーが適しています。Amazonや楽天などのネット通販でも、一本1,200円くらいから販売されています。
ハンガーとしてはちょっとお高く感じるかもしれませんが、丁寧に扱えば何年も使えるので、陰干し用に数本持っておくと良いかと思います。
着物なら、このようにハンガーを目一杯伸ばした状態で、出来る限り袖の端が垂れないように吊り下げます。
帯でしたら、このようにハンガーの下側を使って四つ折りぐらいにした帯を吊り下げます。
干す場所ですが、屋内の「陽が当たらない風通しの良い部屋」が最適です。日の入らない場所で干すから陰干しですね。
なぜ陽のあたる場所で着物を干すとダメなのか?と言いますと、着物を日光の紫外線に当てると、染色が色褪せたり変色したりする事故が起こるからです。
干す時間についてですが、3~4時間ほどで十分です。長くても6時間くらいでしょうか。
水洗いした物を干すわけではなく、あくまで風通しをして湿気を飛ばせば良いので、長時間干しておく必要はありません。
また、干したまま(吊ったまま)にしておくと、着物の表地と八掛(裏地)の収縮率の差などから生地がダブって裾が弛む現象が起こりやすくなりますので、着物を吊ったままで放置するのは絶対に避けてください。
現代の家屋こそ着物の陰干しは必須
昔ながらの知恵である着物の陰干しですが、実は現代の家屋こそ陰干しは必須になっています。
その理由として、現代の家屋、特に鉄筋コンクリート造のマンションなどは、断熱性能を重視した結果から非常に気密性が高くなっており、つまりは通常の生活では外気が通りにくい構造になっているために、室内の湿気が外に出ていきにくくなっています。
ですので、例えばあまり開け締めしない部屋や押入れなどに着物を仕舞ったままにしておくと、空気の入れ替えがあまり起こらないので、結果として湿気がこもり、大切な着物にカビが生えてしまう事態が起こりやすくなります。
このようなことから、現代における着物の収納こそ、陰干しで湿気を飛ばすお手入れを必ず行った方が良いのです。
陰干しが出来ない方にして欲しいこと
着物を陰干しする場合、拡げた着物を畳み直す必要がありますので、着物が日常着でなくなった現代、着物が畳めないので陰干しが出来ないと仰る方が多くいらっしゃいます。
着物の畳み方は一度覚えてしまえばそれほど難しいものではないのですが、知らない方からすれば難しく思えるようです。
とはいえ、着物を保管場所にしまったままで長い年月が経つと、カビなどのトラブルが起こる確率は非常に高くなるので、保管中の湿気を飛ばすには陰干しが一番効果的なのですが、着物を畳めないために全く何もしないよりは、せめて着物を拡げたり干したりせずとも出来る湿気取りの方法をして欲しいのです。
その方法としては、まずは着物などを保管場所から出して、直射日光が当たらず可能であれば風通しが良い部屋に置いていただきます。
そして多くの場合、着物などを収納する際には畳紙(たとうし)という包み紙のようなものに入っているので、その畳紙を開けて、外気に触れるようにしてください。
畳紙をあけてしばらく経ったら、今度は着物の天地をひっくり返します(拡げる必要はありません。置いてある状態からそのまま上下を入れ替えます)
そして可能であれば、もう一度天地をひっくり返して元の状態に戻した後に、二つ折りになっている着物の裾を掴んで、そのまま真っ直ぐ右に開いて伸ばした状態にします。
これらの作業を行うことで、陰干しには及ばないものの、全く何もしないよりは遥かに効果的な湿気飛ばしが出来ます。
着物の収納・保管に最適な容れ物・場所は?
着物を収納する場合、やはり一番適しているのは着物用の桐箪笥かと思います。
サイズ的にも着物を二つ折りにした状態で収納出来ますので、余計なシワが付きにくい保管方法と言えるでしょう。
よく衣装ケースに収納して保管されている方がおられますが、衣装ケースは風通しが良くないので、定期的な陰干しを行ったり、着物用の乾燥剤を入れるなどで湿気ない工夫が必要です。
収納・保管場所についてですが、押し入れの中などは湿気がこもりやすいので、出来れば避けた方が良いでしょう。
収納空間の関係でどうしても押入れにしか置いておけない場合は、部屋の中に置くよりもさらに気をつけて陰干しや点検が必要になります。
着物の収納・保管場所に必要なのは、防虫剤より乾燥剤か除湿剤
着物を収納している場所には、防虫剤よりも乾燥剤や除湿剤の方が優先順位が高くなります。
この理由については、絹の着物は虫食いの被害に遭う確率は非常に低いのですが、湿気がこもってカビが発生してしまう確率は非常に高くなるからです(ウールの着物は虫食いの被害に遭う確率が非常に高いので、保管場所には防虫剤が必要です)
ですので、防虫剤を入れることよりも、市販の着物の収納場所に入れるタイプの乾燥剤や除湿剤などで除湿を心がけることを優先してください。
なをし屋でも、着物の上に敷くだけの防虫剤を配合した除湿シートを販売しています。
除湿シートが優れている点は、水分を吸っても水を溜めないので、溜まった水が溢れだして着物や帯などの水濡れ事故が起こる心配がありません。
着物にカビが生えてしまったら?
もし収納していた着物にカビが生えてしまったら、出来るだけ早くお手入れに出すことが望ましいです。
カビは放っておくとどんどん進行して変色や脱色したシミに変化していくので、カビが出ていたりカビ臭さを感じたら、すぐにお手入れすることが肝心です。
着物を包む畳紙(たとうし)について
着物を包む畳紙ですが、多くの方が誤解されているのですが、畳紙は保管を考えて作られているわけではありません。
特に防虫や防カビの成分なども含まれておりませんし、ただの和紙ですので、湿気ればカビが生えます。
ですので、古くなって黄ばんだり点々と黄色いシミが出てきたら、すぐに新しい畳紙に交換することを推奨いたします。
畳紙が買えるところが分からないという方は、店名入りにはなりますが、高級和紙で作った畳紙を、当店でも一枚500円ほどで販売しております。
着物を着た後のしまい方
着物を着た後の保管方法にも、気を付けていただきたい確認ポイントがいくつかあります。
着物の状態をしっかりと確認してきっちりとメンテナンスをして、そのまま収納出来る状態にしてくれるお手入れ専門店などに任せることが出来れば、それが一番良いのですが、そのようなお店を見つけるのも中々に難しいようですので、大切な着物を着た後に、自分で出来る点検はしておくのが最善かと思います。
シミ・汚れ・汗を点検する
着物を着慣れている方でも、気づかないうちにシミや汚れを付けてしまっていたということはよくあることです。ましてや、あまり着物を着慣れてない方であれば、いつの間にか何かのシミを付けていた、ということは非常に多いかと思います。
着用時につくシミとしては、飲食をされた際に付いたシミが一番多いのですが、その他にも、どこか汚れた壁などに擦ってしまって付いた黒いシミや、歩いていて裾を踏んでしまって付いた黒い汚れなどもあります。
着用時にそのようなシミを着物や帯に付けていないか? それらを点検して早めに染み抜きなどのお手入れをすることで、気づかずにしまったことで変色するシミになってしまうリスクをかなり減らすことが出来ます。
また、気温が高い日や屋内でも暖房がよく効いていた部屋に長時間滞在した際には、汗をかいている可能性が高くなります。
主に汗をかく箇所としては、両脇(両胸)と背中部分になりますので、着物と長襦袢のそのあたりの裏地を目視して、もし水で濡れたような跡があれば、それは確実に汗のシミが付いている状態ですので、必ず早めに汗抜きをしてくれるお店にお手入れをしてください。
汗をかいたままでしまっておくと、早ければ一年ぐらいで画像のような汗による変色シミになってしまいます。
水を霧で吹いて陰干ししても、汗は飛ばない
着物お手入れのプロの人の中には、着物を着た時に汗をかいたら、汗をかいた部分に霧吹きで水をかけて、半日くらい陰干しして乾燥させれば汗が飛ぶというようなことを言っている人がいるようですが、これは誤った認識であると言わざるを得ません。
何故かというと、汗は99%が水分だということらしいのですが、もし陰干しをして汗が飛ぶなら、霧吹きで水をかけなくても汗の殆どを占める水分が乾く段階で汗は飛ぶはずです。
しかし、着物のお手入れ一筋に三十年近く携わっている私は、今まで数え切れないほどに汗で変色したシミを直してきております。
ですので、理屈から考えても、着物に付いた汗は陰干しをしても残留したままと考えるのが妥当かと思います。
仮説を立てると、霧吹きで水を吹き付けた際に、汗が拡がって黄ばみになる成分が拡がった結果、濃い変色ではなく薄く拡がった変色シミになって、よく見ないと気が付かない程度になっているという可能性はあるかと思います。
ただ、この仮説が正しいとしても、汗の成分がなくなったわけではないので、さらに年数が経てばより濃いシミへと変色する可能性は高くなります。
洋服に比べて、着物の収納や保管には気をつけなければならない部分が多くあり、正直面倒に思われる方も多いかと思います。
ですが、ポイントさえ押さえておけば、それほど難しいことではありませんので、大切なお着物をいつまでも綺麗な状態で保っておきたいとお考えでここに辿りついた方は、ぜひ記事の内容を参考に着物の収納・保管上手になっていただきたいと思います。