クリーニング屋さんの為の着物悉皆講座3
和装業界は、25年ほど前までは、新しく作った品物やお客様に売れた商品の手直し(業界では、地直しと呼んでいます)の仕事が多く、春頃や秋から年末にかけて忙しく、夏は比較的動きが静かというサイクルがありました。
しかし近年は、新たに作る品物が激減し、売れる着物の数も減ったので、着用後や保管時のトラブルのメンテナンスが多くなり、繁忙期というものがあまり感じられなくなってきました。
同じような事がクリーニング業界に起こる、とまでは申しませんが、時代の変化は、必ずどのような業種にもやってくるということを、常に心に留めておく必要があると思います。
さて、今回のお話は、お客様から特殊品(着物・洋服・革製品などの、染み抜きや修正が必要な物)をお預かりする際の注意点というか、心構えのようなことのお話です。
まず、皆さんに考えていただきたいのは、特殊品を持ち込まれるお客様は、何を求めてお店に来られると思いますか?
「そりゃあ、その品物にシミとかが付いて使えないから、頼みに来るんでしょ?」 という答えが返って来そうですが、それは半分正解といったところでしょうか。
確かに、ウチのようなお店に依頼される方は、そのままでは使えないお品物の染み抜きなどをして欲しくて、特殊品の依頼をされます。
ですが、単にそのことだけであれば、第三者から見て商品価値など全く無さそうなお品物の修正に、何万、時には何十万円とお金をかける理由の説明にはならないと思いませんか?
以前、このようなことがありました。
とある結婚式場様からのご依頼だったのですが、披露宴でのこと、お着物で列席されたお客様に、赤ワインのたっぷり入ったデキャンタをひっくり返してしまい、全身浴びたように、着物に赤ワインのシミを付けてしまったそうです。
その結婚式場の担当の方は、すぐに人を介して京都で一番という染み抜き名人に染み抜きを依頼したそうです。
でも、その名人は着物を見て、「とてもじゃないが染み抜きは無理だし、そんなに高価な品物じゃないから、弁償した方が早い。」と言ったそうです。
担当の人もそう言われては仕方が無いので、お客様に弁償する方向でご納得していただけないかとお話をされたそうです。
ところが、そのお客様の答えは、「この着物は今は亡き父が買ってくれた物で、自分にとっては何物にも代え難い着物です。何としても再び着られるように直して欲しい。お金の問題じゃない。」だったそうです。
そういう経緯があって、最終的にウチのお店にご依頼がありました。
そのようなお話を聞いて、燃えなければ職人ではありません(笑)
かなり大変な作業でしたが、何とか元の状態に戻すことが出来ました。
今でも絶対に忘れることのない、自分の仕事の原点を再確認させてくれるエピソードの一つです。
この話を聞いて、皆さんはどのようにお感じになられましたか?
仮に、ご依頼者の目的がお金や物の市場価値であるならば、このエピソードのお客様は、お金か新品の着物を貰えれば、取り敢えず納得されるはずです。
でも、そうではなかった。それは何故でしょうか?
それは、特殊品をご依頼される方の多くは、お品物の市場価値ではなく、それぞれのお品物にまつわる【想い】を、救って欲しい・汲み取って欲しいと考えているからです。
私は、お客様のご依頼品の受注基準を、決して市場価値で判断はいたしません。
例え千円で買った着物だとしても、その方がどうしても着たいと思えば、何万円の加工賃がかかる大変な作業もお引き受けいたします。
何故なら、それがお客様の心から依頼されたいことだからです。
ある程度仕事に慣れてくると、お品物の市場価値がだいたい分かってきます。
その知識をひけらかし、お客様のご依頼品を値踏みする職人がいます。それは、とても愚かな行為です。
皆さんは、決して忘れないでください。そのお品物の価値を決めるのはお客様であって、預かる側ではありません。
どうか、お客様の想いに、耳を傾けていただきたいと思います。