着物は、仕立ててある状態から解いて一枚一枚の布に戻して全て繋ぐと、12~13メートルほどの反物(たんもの)という一つの長い生地に戻ります。
これは、洋服のように体にそうように生地に曲線でハサミを入れる仕立て方では出来ないことで、着物ならではの特徴となります。
仕立てを解いて反物に戻すと何が出来るのか?
染み抜きで反物に戻すこともありますが、やはり反物に戻すことでしか出来ない加工が、染め替え・染め直しなどの染め加工かと思います。
着物の染め加工方法には、いくつか種類がある
着物の染めと一言で言っても、その方法にはいくつかの種類があります。
特に、完成品の着物を再度染める場合、柄を生かすのか?、柄も含めて染めてしまうのか?、地色を抜いて染め直すのか?などの、仕上がりの方向性によって染め加工の種類自体を選ぶ必要があるので、白い生地を染めるよりも加工が多岐にわたることが多いです。
そこで、着物を一から創る場合の染めの方法ではなく、完成している着物の染め加工について、着物お手入れのプロが出来るだけ分かりやすく解説いたします。
まず、大前提として知って欲しいのは、着物の染め加工は仕立てを解いて行う必要があるということです。
仕立てを解くということは、着物の形にして着るには仕立て直す必要があるので、染め加工の料金以外に仕立て直し代がかかるということです。
ですので、染み抜きやクリーニングなどと比べて基本的な料金が高額になるということを押さえておいてください。
染め替えについて
染め替えというのは、文字通り着物の染め色を違う色に染め替える加工なのですが、その染め替えには、大きく分けて二種類の方法があります。
元の地色を抜いて染め替える方法
染め替えは元の色を染めで替える加工なのですが、加工を行う着物の地色を抜いて染め替える方法があります。
これは、主に色無地(柄が一切ない着物)を染め替える場合に用いる方法で、仕立てを解いて反物にした着物を、薬品を使って色を抜き、その後に元の地色とは違う色目に染め替える方法となります。
元の地色を抜いて染め替える方法の最大の特徴は、一旦染め色を抜いてから染め替えるので、濃淡関係なく好きな色に染め替えることが出来るという点になります。
ですので、例えば青だった着物を赤に染め替えるということも可能になります。
ただし、色を抜く加工は基本的に柄がないから出来る方法なので、色を抜いての染め替えは、基本的には色無地のみの加工方法となります(柄がある着物の地色を抜いて染め替える方法もありますが、柄に影響させずに地色を抜くのは非常に難しい作業となるので、リスクも高くなります)
元の地色に色を重ねて染め替える方法
柄のある着物は基本的にこの方法になります。
元の地色を抜かずに色を重ねて染め替えるので、元の地色より薄い色に染め替えることは物理的に出来ません。
また、元の地色の色目と全く違う色目に染めることは出来ません(赤→緑、青→朱色など)ので、染め替えといっても、元の地色に色を重ねた濃い色目に染め替える方法となります。
染め直しについて
染め替えと染め直しは、染めの方法としては同じような方法を用いるのですが、元の地色を替えるのではなく、元の地色が色褪せたり紫外線で色焼けしている場合などに、元の色に戻すために染める加工になります。
よく行うのが、黒留袖が色褪せて黄色っぽい色や茶色っぽい色になった場合、柄を伏せて黒い地色の部分を黒に染め直す加工です。
この場合、染め加工自体がちょっと特殊な染めの方法を用いるのですが、色褪せた黒が鮮やかな黒に戻るので、お手持ちの黒留袖が色褪せてしまって悩んでいる方には非常にオススメ出来る染め直しとなります。
染め直し自体は黒留袖以外の色目でも行うことは可能ですが、色褪せの程度が酷いと元の色に染め直すのは難しいので、その辺りは実際にお品物を拝見させていただいての診断となります。
色掛けについて
色掛けという染め加工ですが、染め直しと似た加工になります。
染め直しが広範囲の色褪せなどを直すための染め加工であるのに対し、色掛けはモヤッとした色抜けや色褪せが点在している着物に色を掛けてその脱色や色ムラなどを直すことを目的として行う方法となります。
ですので、直すことを目的とした場合、元の地色よりも濃い目の色になる場合もあります。
白生地の染めについて
どこかで購入されたり譲られたりで、染めていない生地(白生地)の反物をお持ちの方もいらっしゃると思います。
そのような白生地を染める場合、お好みの色目に染めることが出来るのですが、白生地は染めずに長期間保管しておくと、黄ばんだりカビが生えたりすることがありますので、そのような状態の白生地の反物を染める場合は、下準備として黄ばみやシミを抜くための作業が必要になります。
また、白生地の段階で生地の傷み(スレなど)や生地を織った段階での不具合(生地目のズレや節糸など)がある場合もあり、そのようなものがある白生地を染めた場合、傷みや不具合の部分が濃く染まることが多いので、割安な値段で買った白生地などは注意が必要です。
染め加工及びその他加工料金表
【染め加工方法】 | 【価格】 |
染め替え(色抜きなし) | 33,000円~ |
染め替え(色抜きあり) | 44,000円~ |
染め替え(柄伏せあり) | 88,000円~ |
染め直し(柄伏せなし) | 33,000円~ |
染め直し(柄伏せあり) | 88,000円~ |
色掛け | 33,000円~ |
白生地染め | 33,000円~ |
※全て別途に解き洗い張り料金とお仕立て直し代及び裏地代などがかかります。
※紋のある着物は、紋を入れ直す(描き直す)料金が別途にかかります。
※柄ありの染め替えと染め直しは、伏せる柄の細かさや数などによって料金が変わってきますので、程度によって金額が大きく変わってきます。
【染め加工オプション】 | 【価格】 |
色抜き | 11,000円~ |
ガード抜き | 11,000円~ |
黄変シミ抜き | 11,000円~ |
湯通し | 5,500円~ |
精錬 | 11,000円~ |
※ガード抜きをした生地は、再度ガード加工を行わないと撥水効果がなくなります。
染め加工で注意すべき点
染め加工は、着物ならではの素晴らしい加工技術ではありますが、その一方で全ての染め加工において注意すべき点があるので、ぜひ知っておいていただきたいことを着物お手入れのプロが以下にお話させていただきます。
染め加工はやり直しが出来ない
柄のない色無地であれば、染め加工後の色目が気に入らないなどの場合でも、また色を抜いて染め直すことが出来るのですが、色無地以外の柄がある着物の場合、基本的には染め加工のやり直しが出来ません。
例えば、「若い頃に作った着物、ちょっと色が派手過ぎるように感じるから、もっと渋い色にしたい…」というような考えで、お手持ちの着物を染め替えを依頼するという方もおられると思います。
もちろんそれ自体は当店でも承っておりますし、問題があるわけではないのですが、先にお話したように、柄のある着物は基本的に染め替え後に元の地色に戻したり染めをやり直すことが出来ません。
ですので、着物に染め加工を行うことはある意味最終手段となるので、染め替えをするかどうか?や、どのような色目にするか?などを慎重に検討してからの決断が必要である、ということをご理解いただければと思います。
丸染めについて
丸染め(まるぞめ)という染め加工の方法があるのですが、この染め加工は言葉が示すように、仕立てを解かずに着物の形のままで丸ごと染めてしまう方法になります。
仕立てを解かずに染色液にドボンと浸けて染めるので、当然のことながら、柄も裏地も染まりますし、熱い染色液に浸けて沸騰させながら染めるので、生地の縮みや仕立ての狂いなどがかなり出ます。
もちろん、染め上がり後に手間を掛けたアイロンプレス仕上げで伸ばして整えるのですが、裏地がある着物は特に、染める前の元の状態に戻すことはほぼ不可能です。
この丸染めという加工は、シミやヤケなどがあって着られない着物を、比較的安価で染め替える方法として始まった加工なのですが、加工方法自体がかなり無理やりな染め加工となりますので、トラブルも多く、ある意味どうなっても後悔しないような着物にだけ行うことをおすすめいたします。
ガード(撥水)加工がしてある着物の染めについて
ガード加工がされている着物などに染め加工を行うことは可能ですが、そのまま染めるとガード加工の撥水効果で染料が弾かれて染まらないので、染めの前にガード抜きという追加加工が必要になります。
ガード抜きを行って染めた生地は、撥水効果がかなり落ちているので、染め替え後も撥水効果が必要な場合は、ガードの再加工が必要になるので、その分の加工の料金も必要になります。
染め替えを安易に勧める店に注意
先にお話したように、着物を後から染める加工は基本的にやり直しが出来ないので、よく考えた上で決断すべき加工になります。
お店によっては、シミを隠すためや雰囲気を変えるための染め替えを安易に勧める店もあるようですが、染め直しや色掛けと違って、染め替えは元の地色を替えてしまうので、全体の見た目や印象ががらりと変わります。
ですので、染め替え自体が悪いということではありませんが、何となくという程度の認識で染め替えを安易に行うと、取り返しがつかないことになることもありますので、着物の染め替えに関しては、十分に検討した上での依頼をオススメいたします。
着物の染め替えを上手に依頼する方法
着物の染め替えを行う場合、多くの店では色見本帳をお客さんに見せて、数々の色見本の中から染め上がる色を決めるのですが、色見本は小さな布切れなので、全身にまとう着物の染め色を替えた場合のイメージを的確に想像するのは中々に難しい面があります。
あくまで一つの方法ですが、着物の染め替えの色を決める際に、比較的有効な方法があります。
それは、出来れば大きめな布地で、染め上がりで求める色目の色を用意することです。
例えば、色が気に入っていて着物の染め上がりのイメージに近い色目の洋服があったとしたら、それを色見本としてお店に持っていくと、その色を参考に色見本帳から近い色を探すことが出来ます。
先にお話したように、着物全体の染め上がりを的確に想像するのは難しいのですが、小さな布切れの色見本帳だけで選ぶよりも、ある程度大きな布地などでイメージを確かめてそれを色見本として指定する方が、染め替え後の仕上がりとイメージの乖離にがっかりすることも少なくなるかと思います。